ラジオホームドクター

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【耳鼻咽喉科】 村上医院耳鼻咽喉科
村上 力夫
3月24日
木曜日
小児の滲出性中耳炎(1)
3月25日
金曜日
小児の滲出性中耳炎(2)

小児の滲出性中耳炎(1)

 滲出性中耳炎とは耳の中耳腔というところに滲出液がたまり、耳が聞こえにくくなる病気です。耳が痛くなる急性中耳炎とは異なり、小児がその症状を訴えることはまずありません。又、小児滲出性中耳炎はその基本的な考え方に医師によって差異があり、その治療法は必ずしも一致していない疾患でもあります。小児滲出性中耳炎は年齢と共によくなり積極的な治療は必要ないと考える先生すら存在すると考えられます。それが全く間違っている考えであると私は思っています。耳鼻科の取り扱う部位は耳・鼻・喉ですが、その中でとりわけ重要なのは耳であると私は考えています。それは2億5000万年前人類の祖先(ほ乳類)が誕生してからの生物学的な進化の歴史をみても明らかです。

 人類が今日のように進化した脳を獲得したのは聴覚が非常に大きな役割を果たしたのは間違いない事実です。また滲出性中耳炎に話を戻します。滲出性中耳炎の症状は、軽度から中等度までの難聴です。軽度の難聴であっても小児期の耳からの情報の減少は無視できません。聴覚の重要性から考えて滲出性中耳炎の治療の重点は難聴からの解放につきます。そして長期的にはこの疾患の重症例の行きつく先真珠腫性中耳炎、癒着性中耳炎等の滲出性中耳炎の後遺症と呼ばれる疾患群に至るのを小児期にいかに防止するかが重要となります。この軽度〜中等度の難聴が小児にいかなる悪影響を与えるか具体的な事例をあげてお話します。

 4歳の女の子が両耳とも滲出性中耳炎でした。切開により滲出液を除去しました。その切開(レーザー開窓ですが)後の経過を見せにきた母親の話から、切開するまで子どもは幼稚園に行くのを拒否していて、切開後この女の子はうれしそうに幼稚園に行くようになったという事実を知りました。これに似た例はいくつもあります。また耳痛もないのになぜ痛い切開を施行するのかと母親に問いつめられることがあります。そんな時、私は今子どもに痛いことをするのが虐待なら、ずーっと長期間子どもを難聴のままにしておく方がはるかにひどい虐待になると思うと母親に説明します。又、切開後の幼稚園児に切開して良かったかと聞いてみると「こんな気分がよくなるのならもっと早くやれば良かった。」と言う子供がいるのも事実です。

 滲出性中耳炎の症状は難聴であると申しましたが、耳にあるもう1つの機能、平衡感覚も障害されます。滲出性中耳炎の子どもがよく転ぶというのは母親から頻繁に聞く症状の1つですし、小学校高学年〜中学ごろの子どもが副鼻腔炎に伴って一時的に滲出性中耳炎になった場合、滲出液を除去後バスケット大会で大活躍したとか、子どもが滲出液除去後、野球大会でホームランを打ったとかの具体例はつきません。

 時々マンションのベランダから幼児が転落する事故が報道されますが、その子どもたちは滲出性中耳炎児であったのではないかと私はその度にそう思ってしまいます。このように小児滲出性中耳炎は痛くはないけれど耳の持つ2つの機能、聴覚、平衡感覚を障害し、子どもの人格形成に大きな悪影響を与えていることはまぎれもない事実です。極論すれば診察台に近づく子どもがオドオド・メソメソしているのを見るだけで滲出性中耳炎児であることがわかるほどで、逆にいかに滲出性中耳炎がその子どもに悪影響を与えているかという証拠でもあります。

 もっと簡単な子どもに与える悪影響を、あるシーンを想定して説明しましょう。たとえば4歳の両滲出性中耳炎の男の子、名前はまこと君にしておきます。幼稚園で友達のりょう君がまこと君の後ろから「まこと君」とちょっと小さな声でよびかけました。まこと君はそれが聞こえないため、声をかけられたことに気づきませんでした。りょう君は「まこと君って僕のことを無視した」と思い「まこと君は意地悪だ」と思うようになります。そのようにまこと君は幼稚園で徐々に孤立していきました。まこと君は母親に「僕、幼稚園に行きたくないよ」と言い始めました。そんな状況を考えてみてください。どんな悪影響がまこと君にあるのかを。それが大きなものなのか、小さいのかは私には断定はできません。しかし少なくともかなりのマイナスになっているのは間違いありません。それが取り除けるものなら取り除いてあげるのが子供を持つ親の努めでもあります。お母さんの滲出性中耳炎、難聴に対する理解がより必要であろうと考えます。

 次回は小児滲出性中耳炎の治療についてお話します。

小児の滲出性中耳炎(2)

 前回もお話したように、滲出性中耳炎の治療は、その最大の症状である、軽度〜中等度の難聴が治療の対象となります。即ち難聴からの解放が治療の中心です。

 アレルギー性鼻・副鼻腔炎が存在し、滲出性中耳炎になっているのだからアレルギー性鼻・副鼻腔炎を治療をしていれば滲出性中耳炎の治療をしているのと同じでそれを続けていけばよいという先生もいると思います。ある意味正しいかもしれません。しかしアレルギー性鼻・副鼻腔炎は季節性とアレルギーという要素があり治療もある程度長期になります。その間滲出性中耳炎による難聴が続くことこそが患児にとって最も悪影響があることは前回でも述べた通りです。滲出性中耳炎の治療とは難聴からの解放の一言につきます。

 滲出性中耳炎の患児をみつけたらまず鼻の治療をします。そして滲出液がなかなか抜けない患児にはよく鼻をかみ、鼻すすりをしないよう指導します。それでも滲出液貯溜が長びくようなら切開し排液します。閉鎖後すぐ滲出液がたまるようならレーザーで開窓します。それでもダメならチューブ留置です。チューブ留置は滲出性中耳炎の治療の中で最も確実で信頼できる方法です。チューブも簡易チューブから長期留置型のチューブまでいろんなタイプがあります。ただチューブ留置の適応であるかどうかはかなりの期間正確に鼓膜所見(鼓膜の内陥の程度・滲出液の量・鼓膜が薄く弱くなっていないか等)をみる必要があり、チューブ留置を決めるのは患児をある期間正確に診ていた医師だけが決定することができます。また4歳以上なら扁桃肥大、アデノイド増殖症などが副鼻腔炎・滲出性中耳炎の原因と考えられる場合はその切除も必要な場合もあります。大部分の滲出性中耳炎は中耳腔が陰圧になり、その陰圧を解除することができない耳管によって引き起こされていることから、日頃から鼻すすり(鼻すすりは中耳腔を陰圧にする)はしない、よく鼻をかむという習慣はかなりの滲出性中耳炎を治癒に向かわせる最も簡単で副作用のない治療だということを母親が理解することも大切なことです。

 耳管通気という治療法があります。耳管通気は欧米では行われていない、我が国独自の治療法ですが耳管通気をして鼓膜の陥凹がなくなった(中耳の陰圧が解除された)鼓膜をテレビモニターに映して患児に鼻すすりをさせると一瞬にして元通りの陥凹した鼓膜になる事実からも、耳管通気よりも鼻すすりをしない、鼻をかむ習慣の方がはるかに治療効果が高いことは明らかです。

 私は子供と母親に「もう限界だから次回までに滲出液が抜けなかったら切開します」と宣告をしてカルテには「次回切開」と書きます。その子供と母親は当然、切開は嫌なので1週間一生懸命鼻すすりをしないように鼻をかむようにします。そのようにして滲出液が抜けた患者を何人も見てきました。鼻すすりをしない、鼻をかむ。ただそれだけでもかなりの滲出性中耳炎は良くなるはずです。

Q,滲出性中耳炎の症状は難聴、聞こえが悪いということですが、母親がそれに気づくにはどんなことに気を付ければいいのですか?

A,ほとんどの母親は滲出性中耳炎に気づいていません。教科書的には聞き直しが多いとかテレビを近くで見るとかをあげていますが、それに気づいて母親が受診するケースは極めてまれで滲出性中耳炎で聴力検査にて軽度〜中等度の難聴が確認されてもたいていの母親は「家では普通に会話しています」とやや反抗的に答えます。私はそんな時、母親と子どもを私と等距離にいてもらい、やや小さな声で「誰々ちゃん、いくつですか?」と子どもに向かって問いかけます。子どもはきょとんとしています。母親は驚いた顔をします。今の私の声は母親には聞こえたことを確認し、この子どもが私の会話が実際聞こえていないのを納得させます。そしてこの子どもが幼稚園でこのぐらいの声で呼びかけられても答えないんですよ、どんなことがそれで想定されるかを説明します。後ろから「誰々ちゃん」と呼びかけられても返事をしなければあなたの子どもは他の子どもに「人のことを無視する意地悪な子」と思われるのは容易に想像できるでしょう。そのように子どもの性格は形成されるんですよと説明します。母親が滲出性中耳炎の怖さをよく理解し、アレルギー性鼻炎など鼻が悪い、鼻すすりぐせのある子どもは必ず耳鼻科で耳をチェックすることが発見の近道だと私は思います。