1.厚生省の発表による全国におけるO157の感染状況

 昨年は全国的に、しかも爆発的にO157が発生した年でした。
平成8年度の、厚生省のまとめでは有症者は日本全国で9,451名、健康保菌者は669名とされ、さらに、1年間の入院患者さんは総計1,810名であり、残念なことに犠牲になられた方が12名であったと発表されました。
  一方、今年、平成9年10月20日現在では、有症者は1,419名、健康保菌者は591名が見つかっていると言うことです。
 今年は、学校給食が原因となって集団発生しているケースは見られませんが、散発例で658名の方が入院され、亡くなった方は3名となっています。

2.岐阜市立N小学校における集団発生の概要

 昨年6月の岐阜市立N小学校における0157の集団発生に際して、私たち学校保健委員会がどのような対応をしたかを述べてみたいと思います。

 初めて、山田校長先生から電話で校医の私のもとに「今日は欠席者が多い。それもほとんどが腹部症状で、腹痛がひどい…。

 休んでいる児童のほとんどがそうです。」との連絡が入ったのが6月10日の月曜日朝10時頃でした。

 通常なら養護教諭の先生が連絡されるところを、校長先生が御自身で校医に欠席状況を電話されるのは異例なことです。
 同時に学校側から市教育委員会にこのことが報告され、その日の午後に緊急の学校保健委員会が招集されました。
 近くの医院の先生方に電話したところ、ほとんどの児童で「腹痛、下痢がものすごく強い」とのことでした。
 また、この病気の特徴であります血便が出ている児童もいるということでした。
 学級担任の先生からの出席、欠席状況を聞いてみますと、前の週に野外学習で学校の給食を食べていない5年生の児童だけは1人もそういう症状がありませんでした。
 5年生以外の学年ではすべて患者さんが出ている。しかも、症状は皆同じということで、私は直感で5年生の児童が一人も発病していないことと、下痢、腹痛がひどく血便が出ている児童もいると言うことで「これは、学校給食が原因ではないか」と考えたのですが、「学校給食で食中毒を起こしたのではないか」等とは、軽々しく言えることではありませんでした。

 翌日になり、さらに欠席者が増え、入院するような重症の児童も増えてきたので第2回目の学校保健委員会が開かれ、給食の停止、さらには学校閉鎖が決定されました。
 
 校医はこれからも入院する必要のある児童が増えるものと考え、岐阜市医師会長へ報告をいれるとともに、病室の確保をお願いしました。
 6月12日の水曜日午後5時頃になりまして、初めて検便の結果、病原性大腸菌O157という菌が見つかったということがわかりました。すぐに校長先生は「職員は全員待機のこと」と「明日学校で説明会を開催しますので、保護者のみなさんに連絡網を使って緊急連絡してください。」と指示されました。この辺の対応は早く、正に山田校長先生の慧眼であったと思います。
 さらに昼間、説明会に来られない親さん達のため、翌14日の金曜日、夜7時から再度、体育館で説明会が開かれました。
 検便は岐阜市衛生部の精力的なお働きで、2,000検体以上の便を、最初から最後まで調べていただきました。そして、検便の結果は1日に何回もFAXで学校側に流していただきました。また何度も地元で説明会をしていただいたり、保健婦さんによる毎日の家庭訪問など、各方面でご活躍をしていただいた衛生部の職員の方たちのご努力も評価しなくてはいけないと思います。ただ、FAXで検便結果が流れてきましても、学校としては、その結果を一覧表にして掲示板に貼り出す訳にはいきません。プライバシーの問題もありますし、菌の有無が原因で、いじめや、差別化に繋がる心配にもありますので、検査結果については、家庭訪問の際、個人個人に口頭で伝える方法がとられました。
 最終的に学校が再開されたとき、安全が確立されていることが絶対条件でありますが、いつ学校を再開したらいいか、また、いつ給食を始めるか、プールはどうするか、健康保菌者である児童は登校させるかなどについて何度も学校保健委員会(その時は現地対策本部と改称されていましたが)で検討されました。
 最初に、児童が発病したのは、平成8年6月7日でした。

保存されていた給食の食材を過去にさかのぼって調べましたところ、岐阜市衛生部のレベルでは何が原因かわからなかったのですが、最終的には東京都の衛生研究所で6月5日に出された「おかかサラダ」の中から、病原性大腸菌O157:H7が見つかったと報告されました。ただ、どこから0157が紛れ込んだかということは岐阜市衛生部でも判断できませんでした。
 感染者は岐阜市衛生部の集計で最終的に合計530名とされました。 本校の児童の中で岐阜市が感染者として認定したのが、444名で全校児童のおよそ半分でした。その中で症状があった児童が387名、検便で菌はいるが健康で何の症状も無いという児童は57名で、合わせて444名でした。
 実際は給食を食べていない家族の人でも80名の人が有症とされ、さらに、岐阜市立N小学校児童の弟か妹が保育園に行っていて、その保育園で発症したという園児が6名いました。
 特に重症となり入院された方は23名でしたが、なかには、溶血性尿毒症症候群という病気で重症になった児童、園児もいました。
 検便でO157が見つかった人数は衛生部の調べで124名、医療機関独自の調べで31名でした。それらを集計するとトータル155名にO157が検出されています。そのうち症状があった人数が101名、無かった人数が54名ということで、2:1くらいの割合になっていました。 このことから、0157の場合は健康保菌者が結構多いということもわかりました。

 新聞報道とか初期のインターネットのホームページなどを見ますと、Oのあとに−(ハイフン)がよく入っていますが、O157は157番目に見つかった病原性大腸菌という意味で、正式には−(ハイフン)はありません。Oの1から173まであると言われております。
 O157:H7という呼び名ですが、細菌は蛋白質ですので抗原をもっています。
 大腸菌はO、H、K、Fという4つの抗原をもっていることがわかっています。
 Oは菌体そのもの、Hは鞭毛、Kはカプセル、Fはフィラメントの持つ抗原です。
 O抗原となるリポポリサッカライドは菌の細胞壁に存在しその種類やつながり方により抗原性が異なってくるといわれております。これらの抗原の組み合わせを血清型と言い、157番目に見つかった0抗原を持つ大腸菌がO157です。これは、大腸菌の持つ1つの背番号だと考えればいい訳です。
 それから、鞭毛のもっている抗原も56種類くらい知られていてH7はその7番目ということです。特にO157:H7というのは、VT1或いはVT2と呼ばれるベロ毒素という毒素を持っていてこれが赤痢菌と同様の強い病原性を示すのです。
 このO157:H7のことを本日は単に「0157」と言いますが、正式にはベロ毒素産生性大腸菌(VTEC)0157:H7VT1、あるいはVT2と呼びます。
 最終的に岐阜市衛生部が、本校の387名の児童、職員の発症日を検討した結果、菌が食品にくっついて口から入ったと思われるのが、6月5日ということで、最初に患者さんが出たのが6月7日、次が6月8日、9日これは土、日連休でして6月10日になって発病がピークになっています。潜伏期間は今回の調査では平均4.8日ということになりました。

3.腸管出血性大腸菌O157による症状の概要

 岐阜市衛生部の集計では、今回、O157にかかった場合に見られた症状は、腹痛が73%、下痢が80% と発表されました。血便が13%に見られたことも特徴的でした。今回の場合、私も多くの患者さんを診察しましたが、この腹痛と言うのは非常に激しいものでした。
 ただ単に食べ過ぎや、胃腸かぜで腹が痛いなどという状況ではなく、患者さんは座っていられないで、ベッドで転げまわって痛がるのです。
 また、下痢も1晩で何10回というくらい数え切れない程多いのです。
 小学校の児童がトイレが間に合わないのでおしめをしているのです。おしめを取りますと、血便の出ている児童は、単に便に血が混じっている様な状態ではなく、トマトケチャップをチューブごとぎゅーっと絞ったようで、おしめが全部真っ赤と言う状態でした。
 上へ吐く児童は少ないし、案外熱を出す児童が少ないというのは岐阜市医師会の調査でわかりました。全体の4分の1以下でした。
 とにかく非常に強い腹痛と下痢があり、血便が特徴ですが、血便がない児童でも、水みたいな下痢が見られるのが特徴です。
  岡山県邑久町の医院の先生の感想を読んだのですが、4人の児童を岡山大学へ紹介されて、数日経って見舞いに行ったところ、6人部屋に居るはずの児童達が一人もベッドにいないのです。「あれ、どうしたのか」と思ったら、全員ベッドの下のポータブル便器にうずくまって、腹痛を訴え便器から離れられない状態で、お母さんが背中をさすっていたそうです。
 「これは地獄だ」と言って絶句したと、その先生が言っておられました。その6人部屋にいた児童の一人が亡くなったことが、後でわかりました。
 6月13日の木曜日に保護者を対象とした説明会をすることになりましたが、私の手もとには、0157に関する資料はほとんどありませんでした。
 岡山県邑久町で大きな事件が起きたばかりで、唯一頼りだったのが新聞報道です。しかし、この辺りの新聞ではほとんど報道されていませんでしたので、パソコン(インターネット)を利用して新聞記事を集め、説明会の前の晩に色々なデーターや資料を取り寄せました。
 0157による集団発生は、1982年始めて、アメリカのミシガン州とオレゴン州で子どもを中心に見つかっていることがわかりました。
 これはハンバーガーショップのハンバーガーが原因だとわかっています。日本では、1983年になりまして、これは後になってわかったのですが、下痢便から2人の兄弟が0157に感染していたと発表されました。
 平成2年10月になって、埼玉県の浦和市の幼稚園で319名の0157による患者さんが、発生しています。
 この時、2人の園児の死亡者が出ています。
 調べてみると、大阪市の保育園で161名、東京の保育園で30名、それから奈良県で199名と案外O157の発生はあったのですが、犠牲になった方がない限り大きく報道されませんので、皆さんの知らないうちに0157による食中毒は過ぎてきたようです。
 そこに邑久町で不幸にして亡くなった児童が2人おられたと言うことで、世間にこの病気が大きく知られるようになったのです。
 O157にかかりますと、溶血性尿毒症症候群(HUS)というこわい状態になり、これで亡くなる方がみえるのです。
 HUSそのものの生命予後は比較的良好だという人もありますが、神経症状、例えばひきつけとか意識が無くなるとか、手足の麻痺が起こるとか、呼吸不全を起こすといった子が非常に危ないと言われております。
 岐阜でも数人の児童、園児が不幸にしてHUSになりましたけれど、精力的に透析や血漿交換などの治療をやっていただき、現在は全員元気になっています。
 抗生物質を早めに投与するかどうかでも全国レベルで、いろいろ検討されましたが、厚生省研究班が全国1,369名の患者さんを対象に調べたところ、抗生物質を発病当初に投与された人では、823名の内104名、12.6%がHUSになっているのに対し、4〜5日経ってから抗生物質を投与された群では、HUSになった人は18.0%、それから1週間以上経って投与された群では26%の人がHUSに移行しています。
 つまり、抗生剤を早く投与した方がHUSになりにくいという集計が出ています。
 一方、0157が疑わしい患者さんの場合には、検便で0157が見つからない場合、血清検査をして抗体の有無を見ますが、抗体の陽性者329名を集計した結果を見ましても、発病1〜3日に抗生剤を投与された患者さんでは15名がHUSになっていますが、4〜6日後に抗生剤を投与された場合は、約4分の1の患者さんがHUSになっていることが分かりました。HUSの予防にはできるだけ早い内に抗生剤を投与することが必要だと言えます。
 今まで知られていますいろいろな報告を調査してみますと、O157の感染源となり得る食品、食材というのは日本の国内では井戸水、それから牛肉、レバー刺しなどが多いようです。
 他には、かぼちゃのサラダ、それから貝割れ大根、シーフードソース、東北地方では鹿肉を食べてなった人とか、キャベツ、白菜漬けなどがあります。
 それからメロンも原因だったということが報告されています。海外からの報告では、一般に肉類が多いようです。ハンバーガー、ミートパイそれからアップルジュースが原因というのがあります。これは、牛の糞をりんご園で肥料に使っていて、その糞が0157に汚染されていたと言うことでした。
 調べてみますと去年の12月にやはりスコットランドでミートパイによる集団発生がありましたが、これは400人くらいの患者さんが発病し、20人ぐらいの方が亡くなっているということでした。日本だけでなく外国でも昨年は多くの数が発生していることがわかりました。

 0157は熱に弱いことが知られておりますので、肉類は十分に加熱して食べることと、他の食品が、肉の汁などで汚染されないように心がけるけることが大切です。
 またキッチンなども常に清潔にしておくように、気をつけていただくと良いですね。
 最後に、岐阜市立N小学校の820人を超す児童たちの中で、発病する児童、そして非常に重くなる児童と、全然発病しない児童、或いは菌を持っていても発病しない児童がいるのはどこに差があるのだろうか、或いは日頃の食生活や、生活習慣を調べることが今後の発症予防に役に立たないかと考え、学校職員や保護者の皆さんの協力をいただいて、本校児童の生活習慣についてアンケート調査をしました。
 その詳細についてはすでに「日本医事新報」の3825号に報告させていただきましたが、結果的には、日頃、給食を残さず食べる、納豆など腸内細菌を活性化させる食品をよく摂取している、それから定期的なスポーツ、戸外での遊びというのは、たとえO157に曝露されても発生予防に何らかの因子が働いて、押さえる可能性があることがわかりました。

 風邪にかかりにくいような児童というのは、同じ様な危機にあっても発症しにくいのではないか。 つまり、発病率が低いのではないかということもわかりました。
 O157感染症の予防には日頃の生活習慣を見直すことが大切ではないか、風邪にかかりやすいような、体の弱い児童は、特に注意をした方がよろしいということですね。
 今回の集計結果から、普段、体の弱そうな児童というのは先生方見ればわかると思いますので、それぞれ慎重な対応が必要ではないかということをアンケートの結果から思いました。
 最後に、今回のアンケート調査にご協力いただいた岐阜市立N小学校の保護者の皆さん、集計をしていただいた担任の先生、集計結果をデータベースに入力して頂いた岐阜市医師会職員の方、及び結果の解析にご尽力いただいた岐阜市医師会担当理事の河合直樹先生にこの場を借りて厚くお礼を申し上げます。 有難うございました。

文責 石川